取って食べるなと命じた木から食べたのか(創世記211

 

                        2019年9月30

                        カトリック大和教会

                                                            主任司祭 鈴木正夫

 

 台風15号の首都圏直撃がこんなに強烈なものかと思い知らされました。数日前に遠い南洋の海で発生した低気圧だったのに、突如として出現し送電線の鉄塔をなぎ倒し、ゴルフ場のネットを支える鉄骨を倒し、多くの民家の屋根をはぎ取り太陽が見える青空天井になってしまいました。今だに電気が届かない状態が続いています。電気がないことはどれほど社会全体を窮地におとしいれる事になるのか、身にしみて味わっているところです。回復作業に当たる東電の職員も限られており、「おそい!おそい!」と文句を言われながら対応に追われて、連日の作業にかかわられておられることを思えば頭の下がるおもいです。

 確かに目に見えて地球規模での大きな気候変動を感じます。「線状降雨帯」とか「自分のいのちを守る行動をせよ」とか耳慣れない新しい防災上の言葉が聞かれるようにもなりました。

豪雨や台風、気温の上昇の話題は基本的には自然災害で、昔はどうにもならないものとあきらめていましたが、これが地球規模で語られるようになり、CO2の増加をもたらした人間の責任、つまり人災と思われるようにもなりました。自然環境は人類に任された神様からの贈り物です。人間は十分に配慮しなかった事になります。ブラジルのアマゾンの熱帯雨林は「地球の肺」と呼ばれています。プラジルのトランプと言われる大統領は、火災になった森林地帯の火消しを軍隊に命じ、自分も森林を大切にする人間であるかのように振る舞っています。彼の説明では、「すでに伐採してしまった不要な樹木を方々で人びとが焼却処分していて火事になった」と。伐採を容認し、目先の産業開発を進めている彼のお粗末な言い分にしか聞こえてきません。

「盲人が盲人の道案内をすることが出来ようか、二人とも穴に落ち込みはしないか」(ルカ639)の言葉を思い起こします。昨今の各国のリーダーには極端というか突出した人物が選ばれています。自分たちの今を救い、はっきりものを言い、わかりやすい政策を持ち、行動力のあるリーダーが求められているのでしょう。確かに何もしないリーダーよりも良いのでしょうが、後先の事、他国との持続可能な友好的で、そして地球規模でものを考えるリーダーとは言いがたいような方が多くなったように思えるのです。そのような特殊な価値観の持ち主に世界が汚染されるのはごめんです。これこそ人災です。良きリーダーを選ぶことに十分注意したいものです。

 人が神の言いつけに背き、罪を犯したときの話しが、聖書の初めの方に書かれています。人間は何をしても良いが、神のために残しておかなければならない木の実がある。それだけは残しておくように言われている。しかし人間はそれを無視し、神の領域を侵してしまう話しです。「おまえが裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか。」(創世と記211)自分が裸であることに気づき、神の前から隠れる人間の姿が物語られています。神が「良し」と言われ創造された世界をマイクロプラスチックの海、大気汚染とCO2いっぱいの空にしてしまった今、確かに「裸であること」を告げられている。

 

 

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